十杯機嫌 〜飲んで飲んで、たまに犬〜

酒好きふたりと酒嫌いな犬。

揺らいでるショカ。

「そういうタイプとは思ってなかったのに、いったいどういうこと?」と私は隣にいるショカを見つめる。ショカは目線を目の前のグラスに落としながら肩まで落とし「こんなことは初めてなんです」とつぶやく。コットンのシャツにチノパンというありふれたコーディネートながら、ショカの着こなしはどこか洗練されている。腕時計や靴下、スニーカー、ハンカチにまでも彼のまっすぐな性格が映し出されているからだろうか。

 

ここはショカが指定した老舗のバー。スコッチウイスキーを飲みながらぽつりとショカは続けた。「気持ちが、揺らいでいるんです」。それはそうでしょう。いつもショカはおおらかで安定していて、すべての人をやわらかく包み込んでいた。ショカを嫌いな人なんてどこにもいない。ところが今年のショカはいったいどうだろう。30℃を超える夏日もあれば急降下した寒い日もある。雨も多い。こんなショカは経験したことがない。遅い春なのか、早い梅雨なのか、いつもの安定したショカはいったいどこにいってしまったのか。みんなが愛するショカはいったい・・・。「ツユのことが気になって仕方ないんですよ、僕」。は?あなたはハルとお付き合いしてると思ってたけれど。「ええ、もう長くハルといました。お互い似ているところが多く、でも無いものをもっている存在として認め合ってきたつもりです。でもハルも変わってしまいました」。確かにここ数年のハルは以前に比べて気まぐれが過ぎる。今年ハルと会ったのは結局あの日だけだった。ハルが去ったときのあの冷たい風を思い出し、ぶるりと小さく震える。「で、ツユのことを?」「ええ。ツユはご存知の通り気弱な女性です。何かあればすぐにさめざめと泣いてしまう。そんなツユが最近気になって、何か力になりたいと思うようになってしまったのです」。

 

ぼんやりとした曇り空に飛行機雲が通り抜けていくような気がした。早かった春の終わり、5月の不安定な天候、早い梅雨入り、何もかもが結びついていく。そうか、ショカがツユを想う気持ちがそうさせていたのか。しかし、「ツユにはナツがいることをもちろん知っているでしょう?」「もちろん、あの2人は離れてもまた必ず一緒になるくされ縁ですから」と苦笑いするショカ。「でもあの人の横暴さにはもう我慢できないんです。ナツからツユを守りたいんです。いい加減切り離してあげたい。もういたたまれないんです」とスコッチを飲み干し、「すみません、今夜はここで」と席を立ち、まだ雫が残る傘を手に取り店を出て行くショカ。その手にした薄紫色の傘には、どこにもショカらしさはなかった。