十杯機嫌 〜飲んで飲んで、たまに犬〜

酒好きふたりと酒嫌いな犬。

ハルが来た。

ノックが聞こえたので扉を開けるとそこにハルがいた。「こんにちは。お待たせしてごめんなさい。なかなか行かせてもらえなくて」とパステルのパンプスを脱いでそそっと並べ直し、私のところにやってくる。「気配は感じてたよ。もう1ヶ月も前から。なのに遅かったね」と言うと、「そうなの。冬の低気圧がしつこくって。冷たい雨が続いたでしょう。あの人ほんとしつこくってキライ」と微笑む。誰からも好かれるハルらしい笑顔。さすがに知り尽くしているのだ、自分がみんなから望まれていることを。

 

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ハルはソファに腰掛けてよく冷えたペリエをひとくちつける。そういや12月がここで寝そべってからもう4ヶ月近くになるのかと記憶がかすめる。「で、わたしはどうしたら?」と聞いてくるので「そのままでいい。この感じで出来るだけ長くいてほしい」と言うと「それは難しいかも」と顔を曇らせるハル。「私は桜を咲かせるのがまず一番の仕事。簡単なことのように思われてるけどこれでも結構大変なの。なんといっても日本中を巡らなければいけないからね。それが終わったかと思ったら蓮華。でも蓮華はまだ数が少なくなってるからいい方ね。ああ、さっきもたんぽぽを咲かせてきたところなのよ」とペリエをまたひとくち。ハルはみんなから愛される人気者なので、ひとところに長く居られないのが難点。多くを望んではいけないのかもしれない。

 

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「大丈夫よ。しばらくはこのあたりにいるから心配しないで」と私の気持ちを見透かすかのようになだめるハル。紅茶とクッキーで談笑しながらおだやかなときが流れ、日が落ちていく。そろそろ夕ごはんの支度でもと思っていたら「ごめんなさい。そろそろ私行かなくっちゃ」と突然立ち上がり、スプリングコートをはおり「そんな顔しないで。必ずまた来るから」と私の頭をなでるハル。パンプスを履いてくるりと振り返って私の手を握り「それじゃあ、また」と扉を開けて出て行った。クシュンとくしゃみをして両手をポケットに突っ込む。夜のハルは気まぐれで冷たい。