十杯機嫌 〜飲んで飲んで、たまに犬〜

酒好きふたりと酒嫌いな犬。

ある日の居酒屋。

店名通りの縄のれんをくぐると、意外にも迎えてくれたスタッフは外国人男性だった。「何名サマデスカ」と聞かれ、2人ですと言うと2人席のテーブルを勧められて荷物を降ろす。ここはミナミの地下街にありながら地元民らしき年配客が集う庶民的な居酒屋で、価格も品揃えもバランスが良い。カウンターの中には料理人のおじさんが2名ほどいて寿司も出す。「値段の割に美味しいし旬のものがあるのがうれしいんよ」ととーちゃんは気に入っている。

 

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店はいつもより空いていて、頼んだアテと日本酒はすぐに来た。左右どちらものテーブルでは私たちより上とおぼしき年配夫婦が同じように飲んでいるが、私たちよりも断然静かに飲んでいる。私たち夫婦は飲み出すとどうでもいい話で盛り上がってしまい、この日も次の正月に親戚が集まったときの出し物についてヒートアップしていた。「それやるんやったらこうしようや」「ほんだらボクがまたクイズ考えなあかんやん」「それでかまへん」とやいやい。ついつい酒も進んでいく。

 

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ふと落ち着いて見渡すと、隣客はいつのまにか帰っていて客は少ない。この店には年に4-5回くらいのペースで来ているがいつも満席に近い状態なのに。料理の味が落ちた風ではないけれど、季節のメニューが減っているように思う。でもそれ以上に残念なのはサービスである。明らかに変わってしまっていた。

 

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初めてここに来たときにいたホール担当はシュッとした細身のおじさんだった。居酒屋に珍しくソムリエエプロンを身につけ、とにかくさばきが素晴らしかった。2回目に行ったときには私たちのことを覚えてくれていて気さくに声をかけてくれ、おじさんに勧められるまま焼酎のボトルをキープした。久しぶりに顔を出しても「ボトルまだあったんちゃうかな」と奥から出してきて、常連客とのやりとりも気さくでどんなに混雑した状態でもスピード感と丁寧さは落とさなかった。そのおじさんを見かけなくなった後は後継者と思われる若いお兄ちゃんに変わったけれど、おじさんのサービススタイルを守ろうとしていることは受け取れた。だから私たちはおじさんがいなくなってもこの店に通い続けた。

 

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この日、もしあのおじさんがいたら、こんなに4人席のテーブルが空いているのに2人席に通すことはしなかっただろう。「いいよこっち座って」とすぐさま4人席に通して私たちの奥深いところにある小さな満足を確実に満たしただろう。あの外国人スタッフが悪いわけじゃない。彼が教わった通りにやっただけのことだとは百も承知。だからこそサービス職はとても高度なことだと改めて思う。この客が長居するのか、たくさん飲むのか、話し込むのか、スタッフとの会話を楽しみに来たのか、経験値の中で蓄積されて生かされてこそ無意識で確実な客の満足につながる。それが店を出た瞬間の「また来よう」という記憶に変わる。

 

この店が空いていた理由がなんとなくわかった気がしたが、この日たまたまのことであればいいなと願う。私たちはおそらくもう一度は行くだろう。その後のことは次のサービスに委ねられる。