十杯機嫌 〜飲んで飲んで、たまに犬〜

酒好きふたりと酒嫌いな犬。

揺れた日のこと。

朝ドラを見ようといつもの席に座り、ボーっとした頭で朝ごはん代わりの小さなバームクーヘンにひとくちつけた瞬間だった。ドン!という大きな音の後にはっきり感じる建物の揺れ。眠たい頭でもわかるいつもと違う状態。「とーちゃん!地震や!」と言うなり私は足元でこれまたボーっとしている犬を抱き上げ、前に視線を上げると親父は酒瓶がぎっしり並ぶ棚の前で必死になって抑えてる。一瞬不思議と和んだものの「どうする?外に出る?」と聞くと背中を見せながら「いや、出んでええ」と即答。「玄関だけ開けとき」と指示され、私は犬を抱いたまま玄関に向かった。緊急事態速報のアラートがやけにうるさかった。

 


テレビはすぐに地震関連のニュースに切り替わり、落ち着いた私は仕事に出る準備をはじめた。地震はもう止まっているようやったし、幸いにも我が家には被害はない。親父が必死に守ったおかげで酒瓶は倒れることなく、食器も無事。鏡や掃除機マキコが倒れた程度で割れ物は何もなかった。なのでこのときの私はこんなに大変なことになることを予測できてなかった。テレビでは大阪市の職員が中川家礼二さながらのトーンで「はあ、まだわかりませんけど電車はほぼ止まってると思ってもろて結構です」と言うてたので「ああ、うちの子結構出社でけへんな」ということはわかった。

 


マンションのエレベーターが止まっていたので、玄関に置いている自転車を出せず、タクシーで出社することにした。タクシーは少なく、なかなか捕まらなかったもののようやくゲットして出社。主に近くに住む数名のスタッフが会社にいて、私はいつも通り仕事に取りかかった。この日プレゼンの提出物があったのでその対応を済ませる。しかしまあ気持ちがそわそわする。やっぱりこれ非常時なんやな。ワシこんなときに何してんや。これが社畜かなどと思いながら、時折ツイッターを覗く。

 


地震が起きた直後に私は「こわかった」とツイッターでつぶやいた。これを書くことで心配してくれている多くの人に私たちの無事をまずわかってもらえる意味もあった。うちの母はカシコなので、すぐに家族のグループLINEに「私は無事です」と知らせてくれていた。これでひとまず余計な電話をしなくていい。妹のアオコは会社のエレベーターの中で地震にあい、11階まで階段で歩かされてひーひーやったと書いてあった。クローバーは子供たちの状況確認に追われ、居所がわかってひとまず安堵していた。すぐに風呂の水を貯めたらしく、彼女らしい落ち着きぶりを感じた。

 


仕事をしながらどうしても気になるのでちょいちょいツイッターを見ていると、みんなの状況が見てとれた。庭にいて自分の家の揺れを見たまみまみさん、家にいて無事なりえねーとヒロちゃん、出社していたヨーコたち友人に加え、北海道に行っているくたりーのご家族や風呂入って頭を洗う前でセーフだったピコ、震源に近いスノンちゃんも駅の近くのカフェにいてみんな無事だとわかる。良かった。やっぱりツイッター便利。ひと言書いてくれるだけで安心は大きい。そんな中で一番気になったのは元はアオコの同級生で我が家では家族同然のおヨネであった。おヨネは大阪府の最南に住んでいて、市内に向かう南海電車の中にいた。アオコが「大丈夫か?しんどないか?」と声をかけると「座ってるし大丈夫」と平気な様子。まあそのうち出社できるやろうと思っていたら、想像以上に電車が進まなかった模様。しばらく経ってツイッターを覗いたらまだ南海電車の中にいた。しかもトイレに行きたくなってきたらしい。時間が経つごとにおヨネの膀胱は満たされていく。遅々として進まない南海電車かおヨネの膀胱かのギリギリのデッドヒートにこちらもハラハラする。間に合うのかおヨネ、辛抱できるのかおヨネ、がんばれおヨネと心でおヨネの膀胱にエールを送る。後で知った話では「ギリ間に合った」らしく、おヨネの膀胱は南海電車に勝利した。

 


この日の会社は出社できないメンバーが多く、ボスから「みんな今日は遅くとも20時までに帰りなさい」とお達しが出た。私はタクシーで帰り、いつものようにとーちゃんと飲んで食べながら被災のニュースを見た。震源地に近い高槻や茨木あたりがひどく水やガスが止まっているところもあるという。テレビでは「まだ大きな余震が来る可能性があります。注意してください」と言うけど何を注意すれば良いのか。ともかくまとまった現金とサイゾーのごはん数回分をリュックに詰め、すぐに逃げ出せる格好で寝ることにした。枕元には懐中電灯。深夜に何度かそれなりの余震があったらしいが、幸いにも私は眠りが深いタイプなので、一度も目を覚ますことなく朝をむかえた。いつもと変わらない朝だった。