十杯機嫌 〜飲んで飲んで、たまに犬〜

酒好きふたりと酒嫌いな犬。

怒りのナツ。

想像していた通り、ナツの部屋は荒れていた。外の酷暑が嘘のようにこの部屋は冷え切っている。差し入れのビールを渡すと「ちょうど切らしてたんだ、助かる」と早速プルトップを開けてゴクリと喉を鳴らす。わたしは椅子に腰掛け、「で、ツユとは?」と聞くと「もう長い間会ってない」とこの部屋のような冷たい表情でつぶやくナツ。やはりツユはショカのところに行ってしまったのか。ショカがツユを追いかけたあの日から。揺らいでるショカ。 - 十杯機嫌 〜飲んで飲んで、たまに犬〜 

 

 

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ナツはもともとプライドが高く横暴なところがある。いつも自分が一番でないと気が済まない。1年は自分のためにあると思っているし、長い休みも「俺様のおかげ」と自負している。季節が生まれてからというものツユはナツに寄り添うことが当たり前で、それを誰も疑うことはなかった。ツユはナツのはじまり。ツユの終わりにナツがやってくる。人々はそう信じ、長いツユも自然の恵みとして捉えてきた。ところがツユがナツからショカへ心変わりしたことでこの天候である。この毎日のひどい暑さはナツの怒り。ツユの裏切りに対する憎悪。

 

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「こないだツユに会ってね」と言うと、ギロリとした目でナツがわたしをとらえる。「ずっと泣いてた。わたしのせい、わたしが全部悪いと繰り返すばかり。正直話にならなかった」と言うと「アイツはそんな女だ」とビールを飲み干すナツ。そう、ツユはずるい。自分が悪いと繰り返すことでそれ以上の問いを避け、自分を防御してプライドを守る。これではなにも解決しないし、変わらない。「そうやって自分を守って誰かに委ねていないと生きていけないんだ、アイツは」と言い、「それが今ではショカだとはね」とナツは小さく笑う。

 

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このままではいけない。ナツの怒りが増幅するばかりでこのひどい天候が続いてしまう。「ツユをそんなに許せない?」「いまはまだ無理だ。あまりにも長い間一緒にいたからな」「あなたの怒りでみんなが困ってる。なんとか鎮める方法はない?」「さあね」。しばらくの沈黙の後「もうすこしだけ時間をくれないか。このままじゃダメなことは俺もわかってる。もうすこし考えさせてくれ」とまた新しいビールを開けるナツ。わたしはナツの家を出た。見上げると雲ひとつない青空に蝉の声だけが虚しく響いていた。